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  • 屋久島とカバーヨ・ブランコと人口減少

    20年くらい前の古い話で恐縮ですが……。鹿児島県の屋久島を訪れた時、ウミガメの産卵地として有名な永田浜(ながたはま)という場所を訪れました。夜訪れたので、懐中電灯を持って浜を散歩しました。 直後に知ったのですが、その砂浜はウミガメを保護するため、夜は勝手に入っていけないことになっており、特に懐中電灯のような人工的な光源は「ウミガメを刺激する」ということで使用が禁止されていました。「それでもウミガメの産卵が見たい」という人たちのために、ウミガメの産卵を見学する有料ツアーも用意されていました(今もあるようです)。 かくして、呑気に夜の砂浜を歩いていると、監視員の人が走ってきて「懐中電灯はやめてください!」と注意されました。まったく……。事前に何も調べず訪れた、こちらに落ち度がありました。反省。 一方、心の中に腑に落ちないものが残りました。 自然と向き合う、対峙する――。これは今や、容易には得難い「贅沢な体験」なのかもしれませんが。「自然」と「人」との間に「監視員」のような人や組織が入り込むとしたら――監視員の管理の元でウミガメの産卵を見学するとしたら――それは”本当の意味でウミガメの産卵を見た”ことにならないのではないか? お金を払って用意された「ウミガメ産卵ショー」を見ている感じにならないか? 自然と対峙する体験にはならないのではないか? 子供の頃から自然まみれで生きてきた田舎者の自分は、そう感じてしまいました。 ※念のためですが、自然保護には手間暇もお金もかかるため、有料で見学ツアーを実施するのは合理的で素晴らしい、誰もが納得のいく取り組みだと思います。 なぜこんなことを思い出したのかというと近頃、「こんな装備で山に登るなんて無謀だ」、みたいな意見が聞かれるようになったからです。 それはその通りなのですが、一方で、誰にも指図されず「自分」と「自然」がじかにぶつかり合う体験をする余地も、世の中にあってほしいと思うのです。例えば、書籍『Born to Run』でカバーヨ・ブランコが、たいして水も食糧も持たず、地図さえ持たず、何日間も”ただ愉しむため”に、荒涼とした岩石砂漠を走り続けたように。 今はオーバー・ツーリズムという問題もあるでしょう。だとしたら、日本の人口が減ったらそういうことが、おおっぴらに、また可能になるでしょうか。 というか、クマが山から降りてきて人を傷つけたり、鹿が人里近くにやってきてマダニをまき散らしたりということが、すでに起きているわけですが。将来の日本では、イヤというほど人間は自然と対峙しなければならなくなるかもしれません――。しかし、それはそれで興味深いと思う気持ちも正直あります。 まぁ、人間は勝手ですよねというお話でしたw

  • 「食」を通じて心身と自然とを同期する

    ダイエットとか、お酒を控えるとか――。実際に「やろう!」と思っても、なかなかやり遂げるのは難しいですよね。 『FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略』の著者ベンジャミン・ハーディは本の中で次のように言っています。 意志力で自分を変えようとするのは難しい。人間は「環境」の産物であり、「自分」と「自分の周りの環境」を分けて考えることはできない。ゆえに自分を変えようとするなら、自分の周りの環境を変える必要があると。 例えば、「ついついジャンクフードを食べてしまう」「家に帰ってなんとなくテレビをつけてしまう」……そのような習慣をやめたいなら、「ジャンクフード店に近づかない」または「ジャンクフードが好きな友人と距離を置く」、テレビについては「コンセントを外しておく」「いっそのこと捨ててしまう」といった具合。環境を変えればやめることができるぞと。 似たようなことは、行動科学とか他のセルフマネジメント系ビジネス書にも書いてあるんですが。「自分を取り巻く環境を変える」――。著者のベンジャミン・ハーディはこれを「環境にアウトソースする」と表現しています。「アウトソースする」って、うまい言い方だなと思います。なんだかラクにできそうなので。 9月の始めに柿を食べた時、この本のことを思い出しました。 食べた瞬間「カラダが秋になった」感じがしたんです。季節のものを食べると、そういう感覚になることがよくあります。「カラダと自然が同期する」というか。 春だとタラの芽、フキノトウ、春キャベツ。初夏の新ショウガ、真夏のズッキーニやスイカ、関西出張でいただく鱧の湯引き。秋冬なら、お鍋でいただく白菜・大根、魚はキンメダイやクエなど、季節のものを食べた時。 平たく言うと「季節を感じる」っていうことなんですけど。普段、自然と離れた場所で生活していると、なかなか季節を感じることがない。でも、海山川で育ったものをいただくことで、食を通じて季節を感じることができる。そうすると気分が良くなるし、体調が良くなる感じもする。 これは、「おいしい」と味覚で感じることと同じくらい、大事なことだと思うんです。本来、季節という環境変化に応じて、人の心身は変わるんじゃないか。季節感に乏しい生活をしていても、心身を季節に合わせて調整していく必要があるんじゃないかと思います(←完全な主観)。 これって本書のメッセージ「人間は『環境』の産物である」「自分を変えるためには環境を変えよ」と似ています。 つまり、季節が感じられない現代人には「季節が変わります」とカラダに伝えるためのトリガーが必要だぞと。そのために、季節ごとに意識的に食べ物を変えていくのがいいんじゃないかなと。 「美食家になろう」というのでは全然なく、心身のマネジメントのためにやる。 というわけで、今日も夜のビールと食事を愉しみに仕事をしてまいりたいと思います。ダイエットやお酒を減らすこととは、真逆の話になってしまいました。 ちなみに自分の体重が90kgに届きそうで、若干そこは心配ですがw。まぁ、自分は北海道出身なので、冬眠前のヒグマのようにこれはこれで「カラダと自然が同期している」ということにしたいと思います。

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