カザフスタンで聴いた『パリの散歩道』

更新日:5 日前

起業仲間から「海外旅行代理店業を始めた」と連絡がありました。もともと大手旅行代理店に勤めていた人で、旅行に対する思い入れも強く、旅先でのいろんな思い出も聞いたことがあります。いやあ! めでたいめでたい。
なんてことを考えていたら、自分が海外を訪れた時の情景が突然、パッと頭に思い浮かびました。
ただし、その情景が旅の主目的やハイライトではなく、ほんのちょっとした出来ごと・瞬間だったのが意外でした。
その情景とは――。
地質調査でカザフスタンを訪れた時、ホテルの前に停まっていたクルマのラジオから『Parisienne Walkways』(パリの散歩道)が流れてきたときの情景。
カザフスタンは中央アジアの国。地図で見るとロシアの下にあります。
『Parisienne Walkways』は北アイルランド生まれのスーパー・ギタリスト、ゲイリー・ムーア(Gary Moore、故人)が1978年に発表した名曲。"泣きのギター"名手の、哀愁たっぷりな代表作です。
私がカザフスタンを訪れたのは1997年と98年の2回。ロシアとの国境近くにある小さな田舎町を訪れました。その頃、町の郊外でマイクロ・ダイヤモンド(直径1/1000mmほどのダイヤモンド)が見つかり、話題を集めていました。
ダイヤモンドは地下300㎞の深さからマグマがあふれ出した火山跡地で採れる鉱物です。地表の限られた地域でしか採れないものなんですね。調査で訪れた地域は従来、ダイヤモンドの産地として知られるところではなかった。ではなぜダイヤモンドがそこにあるのか? それを調べるために訪れたのです。
私たちは東京工業大学教授を中心とする学術チームとして訪れていましたが、同じ頃、ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)などの資源メジャーも調査に訪れていたと聞いています。
調査は1カ月間で滞在先はホテルです。毎朝、あらかじめ手配しておいたクルマに乗って郊外の調査地域に行きます。
クルマは外装がデコボコのRAF -2203ラトビアでした。東欧諸国で一般的な、トヨタ・ハイエースのようなクルマです。
町の道路は穴だらけ。クルマのシートはクッションがヘタっており、ずっと乗っているとお尻が痛くなります。
夕方、調査を終えるとホテルに戻ります。ホテルの地下にシャワー室があり、限られた時間そこで熱いシャワーを浴びることができました。
シャワー室の壁に小さなボードが掲げられていて、核爆発が起きたとき放射線被害を逃れるための手順が書かれていました。そのイラストが怖かったです。
カザフスタンは2000年以降、国として発展を遂げましたが、当時はまだロシアから独立後の混乱のさなか。国内は不況続きで、出会ったほとんどのロシア人が国外移住を考えていました(国民の1/3がロシア系)。
息抜きは酒を飲むこと。毎日、街角のキオスク(売店)でウォッカを買いました。
夕方、そのウォッカを買った帰り。ホテルのエントランスの前にラーダ(ロシアの乗用車)が停まっていて、カー・ラジオから自分の好きな曲、ゲイリー・ムーアの『Parisienne Walkways』が流れてきたのです。
自分がよく知っている曲が突然流れてきたという驚きもありましたが。
乾いた夕陽、穴だらけの道路、風に舞う砂、ラーダのボンネットに憂鬱そうに腰かけていた男、調査でヘトヘトに疲れた身体――。あのカザフスタンの田舎町の情景が、哀愁あふれるこの曲にピタリと当てはまったんですよね。
地質調査が目的で訪れたのに、その旅で最も強烈に記憶に残っている情景となりました。
こんな、どうでもいい瞬間が旅の記憶として心に焼き付いてることって、ありませんか?




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